Spetses the jeweller
スペツェスにおいて、写真はジュエリーです。貴重な素材を見出し、それを切り出し、磨き上げる―そのすべてにおいて、最も重要な道具は「眼」です。完成した一枚は、光の戯れを湛えながら、長い時間の広がりを一瞬に凝縮します。ここにあるのは、形や色彩の単なる表現ではありません。それぞれの写真は、詩情と着想の源泉として、観る者を時間の流れからそっと解き放ちます。
本セクションでは、選び抜かれた作品群をご覧いただけます。たとえば―真の姿を巧みに隠す神秘的な作品《Ulysees》、「無」と「全て」が同時に立ち現れる異色作《Meir》。これらの感覚的な作品は、音もなく空気を彫刻し、洗練された感性に向けた魅惑と滋養となります。
Ulysees (left)
思慮深い視線によって捉えられた、この不可思議で象徴的な像。硬質な輪郭と滑らかな線が光を受け、まるで生き物のように立ち現れます。これは眼の虹彩なのか、それとも山岳の稜線なのか。その問いに対し、この夜の宝石はこう応じるかのようです―「知らないことこそが、美の本質なのでは」と。緻密な構図を誇るこの一枚は、見るたびに新たな魅力を湛えます。
Aplin
ベルベットのカーテンのように、最も柔らかく観る者を包み込む作品。まわりの「余分」は静かに溶け去ります。写真は、必ずしも声高に語る必要はありません。時に、かすかな囁きで充分なのです。最良のピアニストが最も弱いタッチの中に無数の階調を見出すように、写真家もまた、柔らかさの中の微細な差異を理解しなければなりません。それは、観る者の感受性を信頼するという、高い敬意の表れでもあります。
Meir
鮮やかな黄色と琥珀色を中心に、親和的な色彩が織りなす明るいモザイク。一見簡素に見えるこの作品も、無数の候補の中から選び抜かれた結果です。画面全体が不可分の主題として構成され、部分のみではなく全体としての鑑賞が意図されているものです。オランダの画家レンブラントが《ペリシテ人に目を潰されるサムソン》について、「強い光の下に置き、充分な距離から見ることで最もよく輝く」と助言したように、この作品にも同じ配慮が当てはまります。
Sofia
上方から差し込む柔らかな光と、点在する樹木の影が、静かな休息の気配を描き出します。この作品は、長谷川等伯の名作《松林図屏風》を想起させます。いずれにおいても、沈黙そのものが聞こえてくるかのようです。澄んだ空気は再生の感覚を呼び起こし、美しい朝のひとときを永遠のものとします。
Spetses
ステンドグラス越しに差し込む光。その上には、神性・法律・医術・数学を象徴する像が、荘厳な佇まいで立っています。この作品は、一年のうちでも特に美しい瞬間を捉えたものです。撮影地であるケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに、現在も恒久的に所蔵されています。